教育は肥料 

 

情緒と情操

  ・情緒とは、いわゆる喜怒哀楽の感情のことです。この情緒が適切に深まったもの

  が情操です。

  ・情操とは、良いことや美しいもの、道徳的に正しいことに対する肯定的な感情を指

  します。保育の場では、この「情操」を育てていくことが求められます。

 

情操教育と集団づくり

 ・情操を育てるためには、安定した人間関係と自分への自信が大切であるとされま

  す。

 ・仲町では、「ノノ様(仏様)」を通じて、こどもたちの情操と社会性を育てています。

  それによって、穏やかな「まとまり」やこどもたちの集団が出来ています。

  ・集団を作っていくことは豊かな園生活の基本であると同時に、災害などの万一の際

  には、適切な集団行動により危険を回避する能力にもつながります。

 ・実際の保育では、こどもたちは十人十色であり、そのまとまりが自然になりゆきの

  中から生まれることは期待出来ません。

  ・大内敏光先生は、園生活には「導動とした保育」が必要だと指摘されました。

  これは、「先生の指導があるから、こどもの活動がうまれる」という意味です。

  ・大内先生は、区や都の指導主事を経て小学校の校長先生を歴任された方で、小学

   校の先生方に対する豊富な指導経験から、この格言を生み出されました。

 

引き出し上手

  また大内先生は、保育のポイントとして「教師の資質ハヒフヘホ」を示して下さいました。

  それは次のようなものです。

 

ハ=話し上手

ヒ=引き出し上手

フ=触れ合い上手        

ヘ=変身上手

ホ=褒め上手

 ・「教育」educationの語源は、外へ引き出すことです。

  子育ては、よく植木の水やりに譬えられますが、幼児教育の始祖ルソーは「植物は栽

  培によって、人間は教育によってつくられる」と言いました。また、かの福沢諭吉翁には

  「人心は草木の如く、教育は肥料の如し」という言葉があります。

 ・実際の保育に臨むにあたっては、色々なトラブルもありますが、いわゆる「教師三諦(

  慈母の愛、良農の誠、名医の賢)」を肝に銘じつつ、こどもの能力を適切に引き出して

  いくことが求められます。

 

保育と指導

   ドイツの哲学者カントに次のような言葉があります。「教育とは、養護(保育・扶養)、

   訓練(訓育)、教授ならびに陶冶を意味する」

  ・また、アメリカの教育学者デューイは、‥制control、援助guidance、指導

  directionの3点を用いて、その教育理論を形作りました。

 ・「保育」と「教育」および「指導」は、不可分の関係にあります。そのことは、先賢の

  業績によって裏付けられているのです。

 

学びひたり、教えひたろう

 ・国語教育の泰斗大村はま女史は、その52年にわたる中学校での実践を通じ、「教

   えること」を研究し、自ら教えることの大切さを説きました。以下に掲げるのは、後進

   の先生方のため、繰り返し推敲ししたためられた詩です。

  ・こどもと接する者として、目指すべき境地が力強く語られています。

 

         優劣のかなたに

 

                                        大村はま

 

優か劣か

そんなことが話題になる、

そんなすきまのない

つきつめた姿。

持てるものを

持たされたものを

出し切り

生かし切っている

そんな姿こそ。

 

優か劣か、

自分はいわゆるできる子なのか

できない子なのか、

そんなことを

教師も子どもも

しばし忘れて、

学びひたり

教えひたっている、

そんな世界を

見つめてきた。

 

学びひたり

教えひたる、

それは 優劣のかなた。

ほんとうに 持っている

授かっているものを出し切って、

打ち込んで学ぶ。

優劣を論じあい

気にしあう世界ではない、

優劣を忘れて

ひたすたな心で、ひたすらに励む。

 

 

今は、できるできないを

気にしすぎて、

持っているものが

出し切れていないのではないか。

授かっているものが

出し切れていないのではないか。

 

成績をつけなければ、

合格者をきめなければ、

それはそうだとしても、

そればけの世界。

教師も子どもも

優劣のなかで

あえいでいる。

 

学びひたり

教えひたろう

優劣のかなたで。

 

              『優劣のかなたに 大村はま60のことば』

               苅谷夏子 著  筑摩書房刊より

 

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